開かれていくイメージ
目の前に存在するものから別のイメージが見え始める。
私たちはその体験から多くの知らない存在や無知のものへと近づこうとする。
近づこうとするあまり、命を落とす者までいるというくらい恐ろしい存在であるイメージ。
それでも人は目に見えないものを見ようとしたり、信じたいのだと思います。
先日、大阪のスタンダードブックストアにて開催された 志賀理江子さんのトークイベントに行ってきました。そこで志賀さんがおっしゃっていた写真の「わからなさ」もイメージの持つ〈救い〉と〈恐ろしさ〉の両極性あっての言葉だったのではないでしょうか。
単純に目でものごとを見るという行為ではなく、身体を近づきたい対象に浸し身体を目にする事で言葉や哲学とはかけ離れた領域で自分に近づける。そしてそこから見える景色はイメージの開かれた成果であり生命力の源に通ずる道のようなものなのかもしれません。

